上顎6本インプラントのフルマウスケース。まずは大切な診査診断から。削って詰めるだけが歯科医の仕事ではありません。 ブログ 米国補綴専門医が語る一般歯科医の知らない世界
30代男性の患者さん。これまで10代の頃から虫歯と神経の処置で悩み苦しんでこられた方。何度も根管治療を繰り返し、根尖病巣の再発と痛みに苦しみ、抜歯を繰り返し、こんな思いをするくらいなら、いっそうのこと全部抜歯してインプラントにしてしまいたい。という主訴で来院されました。
はい、承知しました、では全てインプラントにしてしまいましょう。これはあまりに浅はか。インプラントはあくまで骨の中に埋め込むチタン性の金属の土台。確かな予知性、長持ちするかは、快適に機能するかは、患者さんの咀嚼機能に調和した被せ物を作れるかにかかっています。
歯の機能は顎関節と筋肉との協調作業ですから、まずは顎関節の動き、筋肉の働きがどうなっているのか、診査する必要があります。治療計画の段階から責任をもち、よい被せ物を作ることが、まさに噛み合わせのスペシャリスト、補綴専門医の専門領域です。
ニューヨーク大学の大学院、専門医養成課程では、こうしたフルマウスのケースに対し顎関節に機能、運動路計測は必須になっています。
さて、まずは顎関節の動き、運動路がどうなっているのか、確認しなければなりません。インプラントのオペができるか、骨があるのかないのか、考えるのはその先の話。
これは患者さんの顎関節の運動経路を示しています。
マル印が顎関節の動きを示します。

この数値をそのまま咬合器にトランスファーしていきます。矢印の部位です。

同時にモニターで、こうして三次元的に運動解析を進めていきます。

噛み合わせ、正確にいうと顎の位置には、噛み込んだ位置で決まる静的なものと、動きの中で決まる、動的なものがあります。
静的な位置と動的な位置は、患者さんによって異なります。こうして計測した数値が正しいかどうかも、初めて診査する段階ではわかりません。それらが一致している方もいれば、いない方もいる。さらに噛み合わせの高さによっても、噛む筋肉の活動量も変わって来ます。
補綴学、噛み合わせは患者さんによって違う、エビデンスで全て割り切れない、解明することができないので、噛み合わせは、歯科医にとってもハードルの高い分野。
当然、どのような噛み合わせを作り、与えるかによって、患者さんの快適度、噛めるかどうかも決まってきます。この位置決定こそ、専門医として専門的なトレーニングを受けないと分からなプロセスと言えます。
こうして静的な位置と動的な運動経路を確認し、発音、審美性の具合を確認し、適切と思われる位置で模型を咬合器に付着し、仮歯を作成します。この方は1mmほど、噛み合わせの高さを挙げることにしました。


午後の診療時間をすべて費やし3時間。適切と思われる位置(水平的、垂直的な位置)に、患者さんの持つ固有の、快適に噛めるポジションに歯の噛み合わせと顎の位置がセットされたようです。
しっかり噛める感覚が得られ、患者さんからはすごく心地いい、よく噛めそう、とお褒め頂きました。
歯科医の仕事なんて、削って詰めるだけ、と思われがちですが、このように歯科医という仕事は、意外に奥深く、クリエイティブなものであることがご理解いただけると嬉しいです。